武田久吉メモリアルホール
武田久吉メモリアルホール
理学博士武田久吉は、明治38年小島鳥水らと日本山岳会を設立、 機関紙『山岳』創刊号に尾瀬紀行を掲載、尾瀬の名前を一躍有名にしました。 その後尾瀬貯水化計画、尾瀬ヶ原巨大ダム計画に反対の声をあげ、
武田久吉メモリアルホール

調査報告書を提出するなどの働きがありました。
今は亡き氏の遺志を継ぎ、 尾瀬の自然を守るためにメモリアルホールを建設しました。