南山御蔵入の称始まる。

三代将軍徳川家光 日光の廟を造営するに際し、当郷及び南山一体の地 日光に隣接せるを以って、現今の本郡及び大沼郡尾岐、金山谷及び下野国 塩谷郡三依村五十里に至るまでにて、五万五千石の地を直轄の地となす。 保科肥後守左中将正之 最上より会津若松城に移りて南山をも支配する。