代官に御蔵入の地を支配させる。

御直所代官政治となると、領民に対する課徴年々増加しその暴政に領民苦しむ。  享保6年(1721年)小栗山喜四郎外35名の義民、幕府に直訴、結果御蔵入五万五千石は会津藩主に預けらる。