疱瘡神縁記成る。

元禄9年の秋 全国的に疱瘡が流行、村人も大勢感染したと言う。 その時、発熱した子供が悶え苦しんで口走った事には『自分は疱瘡神である。 信濃国善光寺に鎮座していたが放火されて社殿が焼けた時、そこを飛び出して 諸国を廻りながらこの村に来たのだ』とのことで、それ以来鎮守神の境内に 鎮座されている。 当社は全国三疱瘡神の一社で、昔から他村からの参拝者も多かったと言う。