九代会津藩主松平容保、若松城開城

寛永二十年より226年間続いた松平家に於ける藩内当地の行政区画は、 十数村を組とし、二箇組又は3箇組毎に代官所を置き、郡に役所を設けこれを 統括し、村の長を肝煎(名主)と称し、組に郷頭あり、代官所に代官、郡に奉行(郡代)を置いた。 当村は伊南郷古町組二十三ヶ村の内にあり、名主は星家孫九郎であった。