尾瀬檜枝岐温泉・そばの宿・旅館・丸屋/桧枝岐村/尾瀬
尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋 〒967-0525福島県南会津郡檜枝岐村居平638(尾瀬檜枝岐温泉)
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以下の文章は “檜枝岐村耕古録”及び、星廣人氏の年中行事講演より抜粋させて頂きました。
また、うちの両親達から聞いた話をまとめました。

年中行事
厳しい農耕と兼業の為の山仕事で暮らしてきた村人達には、常に自然の恵みを与えてくれる山に対する畏敬の念と、 山での安全、作物の豊作を願う為の行事がいろいろありました。
村人にとっては厳しい生活の中での休息と親睦、助け合いを兼ねて行われていた事のようです。
今では途絶えてしまったものもあったり、各家々で多少の違いがあったと思いますが、 これらの行事を知ることから昔の人達の暮らしぶりを伺うことができると思います。
また、これらの行事の多くは旧暦で行われていましたが、今では太陽暦で行われています。

檜枝岐のお正月
12月27日 まっこはたき=まっことは、囲炉裏の縁のこと
一年間の無事を感謝し、そば焼もちを神棚・仏壇に供える。
囲炉裏の灰の中で焼いた焼もちを、囲炉裏の縁で叩いて灰を落とした。
その様を言った行事で、“悪魔を討つ”、“一年の厄を落とす”と言う意味があるそうです。
12月30日 年縄より
一家の男子が年縄をよります。
餅をつき、お供えを作った後は、 夕食に搗きたての餅を醤油ダレ、くるみダレ、 小豆あんなどで食べます。


12月31日 大晦日
お松様に年縄を付けて(しめ縄)、神棚・門口に付けます。
しめ縄は他に水屋(用水小屋)、倉、トイレなどにも飾り、 家によっては長しめ縄を作り居間の周りに飾りつけた。
若水を汲む新しい手桶(曲げ物)に年号等書いて準備した。
夕方になる頃、身を清めた一家の男子が一人一本づづ お松様を持って神社にお参りに行きます。
子供達は書き初めを書いて配り、お年玉を貰います。






1月 1日 正 月
大晦日に汲んでおいた水で風呂をたて、身を清めた後“若水”を汲み、 夜の明けきらぬうちに男達は鎮守様を参拝する。 元旦の料理は若水で作ります。
元旦は小豆ご飯(白米飯に柔らかく煮た小豆を混ぜたもの)を神棚に供え、食べます。
朝食後、男達は年始廻りに行きます。『おめでとうございます。』に対して 各家の主婦は『かたじけのうございます。』と言って礼を受けます。

1月 2日 山入り
男子は、明きの方(その年の最も良い方角)の山へ出かけ、山仕事の安全祈願をする。
白紙の端を12に折り畳みひだをつけた物を木の枝に結びつけ、この紙にお神酒を注ぎかける。
そして近くの枝を一人一本づつ伐って持ち帰る。
この伐り始めの枝は団子さし行事の、団子を茹でる時に焚いた。
1月 3日 棚さがし
この日の朝は元旦に供えた小豆ご飯とお供えのお餅で雑炊を作って食べます。
神棚のものを下げるところから、“棚さがし”と言います。
1月 4日 山神講
山神講は年2回(春は正月4日、秋は11月1日)行われた。宿は主に丸屋旅館で行われた。
山神講に参加する者は二十歳前から三十歳位までの青年達で、 山の安全を願ったが一年中で最も楽しい行事であった。未婚の女性がお酌にでた。
食事はばんでい(うる米の餅)で、おくらと言う細長い臼で二人が両側からついた。
1月 7日 遊び上げ
7日までは仕事をしないで、厄落としや主婦の年始廻りをします。
厄落としは子供は3歳、7歳、13歳で、その後男は25歳、42歳、 女は19歳、33歳になる者が親戚友人など招いて行った。
他に昔は代参のくじ引き、若い者集まり、湯殿始めなどを行った。

だごさし

1月14日 農業の祭りで、病害虫に侵されず良い作物ができるように祈った。
“若木迎へ”と言って、5日から11日頃山に行ってミズの木(ミズキの木)を伐ってくる。
大きさは各家まちまちだが、2年ほどかけて、枝振りを整えておいたものを伐る。
団子は米の粉で作る白だご、そば粉で作る黒だご、また粟やきびで作った物もあった。
粟・稗の粒を模した丸形、粟穂(アワボ)を模した細長い形などを作ったり、 木の根元には“かたちもの”と言って動物(干支など)や千両づつみ(白だごで作る)の形を供えた。
家によっては山仕事の安全を願って鋸などの用具も飾った。
大きな木は石臼の穴に先を削って挿し居間に飾り、枝は神棚・仏様・水小屋に飾った。

15日(もちの正月)には、皆の家のだごさしを見て廻って楽しんだ。
だごは16日朝早くに外して囲炉裏で炙って食べたり、箱に入れ保存した。

※だごを茹でたお湯は、家に悪い虫が入らないように、家族が病気にならないように 願って一家の主人が家の角々に撒いた。
 『ナガムシ来んな、福の神ござれ』と言って撒いた。

歳の神

1月15日 その昔は小学4〜6年生の男子が行う子供だけの行事で、 特に部落の6年生は計画から実行まで責任ある心躍る行事であった。
15日の朝早く、家々から前の年のお札や書き初め、お松様などを集めてきて、 村内3〜4ヶ所の川原で点火、村人と共に一年の無事を感謝し、新年の無病息災を祈った。
書き初めはさらに字が上手になるように願い、またその煙にあたれば健康に過ごせると言われた。
お正月についた餅を持って行き、炙って食べると腹病みをしないとも言う。
1月16日 デーセー日
墓参りをし、近親の家の仏様拝みに歩く。
雪深い季節なので墓石を掘り出し香をたて、乾燥した菊の花などを供えた。
各家では、お茶や煮しめなどでもてなす。
1月20日 二十日正月
はつか正月といい、商売の神様・えびす様に尾頭付きの魚とお椀にてんこ盛りした小豆ご飯を供え祝った。
お膳開きと言って、商売屋では皆で集まり宴会をして商売繁盛を祝った。
1月21日 伊勢講
壮年の男達で、村民の無病息災・無事故・安全・商売繁盛などを祈願する。
宿は代々名主様宅で行われていたが、今は旅館で行われる。
伊勢神宮代参を決めることもあった。
二百数十年も昔から伝わる檜枝岐歌舞伎は、先代たちがお伊勢参りに際し拝観して 持ち帰ったところから 始まったと言われています。
食事はばんでいだった。
1月22日 地蔵講
結婚した女の人達が安産と子孫繁栄を祈って、地蔵様を祝った。
伊勢講の世話人が中心になり 準備した。
料理は肉・魚を使わず精進料理だった。食事は醤油飯と油飯だった。
2月 8日 おしとげ8日
疫病神が来ると言われ、それを除ける意味で、又はとり憑かれないように願った。
前の晩に 疫病神を威嚇し遠ざけるために“すいのう”(そばなどを茹で上げる時に使う道具)に 赤唐辛子をさして鬼の様な顔に作り、出入り口に飾りつける。
朝“おしとげ”を作って、女達は実家に届けまた貰って来る。 “おしとげ”を食べないうちは外を見てはいけないと言われた。

おしとげ=荒くつぶした生米とそば粉を湯でこねる。大小に伸したもの(30aと10a位) を重ねて持って行く。後で切って囲炉裏で炙って食べる。
2月10日 地神待ち(ジジンマチ)
9日の夜は宵地神といい、山仕事をする男達は仕事を休んだ。
10日の朝は地神団子{ジジンダンゴ}を作り、一升枡に団子を盛り地神様と神棚に供えた。
秋は、10月10日 農作物の稔りに感謝し行う。

節分

立春 前日 大豆を炒って神に供えこれを撒く。豆を炒る時 茅(かや)を三角状に折った物を使う。
これを保存しておき初めて雷の鳴った時燃やすと雷が静まると言われた。
又“やきかかし”と言って、煮干など尾頭付きの小魚を串に差し挟み、焼いたものを 家の出入り口(表の戸)の上や鴨居の上にさして、豊作を願った。
魚を焼く時 『粟の虫の口を焼く。そばの虫の口を焼く。』と言いながら、 唾を吹き付けながらご飯鍋をかけた下の火で焼く。
子供達は布の袋を持って『豆たもれ』と言って家々を廻り、豆や唐きびを炒った物を貰って歩いた。
3月 3日 ひな祭り
子供達は『お雛様を見せてくれられ。』と言って各家のお雛様の飾り付けを見て廻った。
4月 8日 おやくし様
彼岸の最後の日にそば団子(丸く作る)を仏様に供える。(みやげ団子)
女達は六地蔵様にお茶の葉をあげ無病息災を祈願した。
5月 1日
(新暦)
八十八夜
この日を境に農作業に取り掛かった。
(昔はこの頃になれば雪が消え、尾瀬沼も八十八夜が過ぎたら氷が融け始めるので渡るなと言われた。)
5月12日
(新暦)
愛宕祭り
愛宕様の祭りで歌舞伎が奉納された。
祭りが終われば出作り小屋に出向き農作業に取り組んだ。 子供達も小屋に移動したので遠い小屋からの通学は大きな負担であった。 又家財道具一式運ぶ場合もあり大変な労力を必要とした。



5月 5日 5月節句
蓬と菖蒲を軒や玄関にさし、また風呂の湯に入れてはいった。
笹巻きを作ってお祝いをして仕事は休んだ。
旧暦でないと蓬や菖蒲が育っていなかった。
7月
13日〜15日
お盆
今は8月に行っている。
盆棚(葦を4〜5本切ってきて仏壇の周りに飾りつけ、 その前に新しいゴザムシロを敷いて机を置く)を作り、仏様にお供えをする。
仏様のお膳の上には 桐の葉にご飯やおかずをのせ供える。
15日のおくり盆には、松の根を小さく割った物や、乾燥したセイハダ(樺の一種)の皮を お墓で燃やし仏様をおくった。火が霊の道案内をするという信仰と思われる。
松の根を小さく割った物や、乾燥したセイハダは 昔電灯のない時代燈火に使われた。
7月18日 鎮守神祭り
今は8月18日に実施。
鎮守神は村人の心のよりどころとして常に信仰の対象で崇拝され、 村人の重い病気や重傷から救う為お百度参りなども行われた。(今もお百度参りをすることがある。)
戦時中は夫や息子の無事を祈願し舞台で風雨を避け、おこもりと言って一晩中お祈りをした。
参道には村民の誓願の鳥居が多数奉納されていた。
秋分の日 男達が近親の家をまわり歩く。昔は広範囲に行われ村長宅にはほぼ全村民が伺った。
羽織に白い紐をつけ改まった服装で歩いた。
『おめでとうございます。』と言う挨拶に『かたじけのうございます。』と答えた。
9月29日 刈り上げ9日
旧暦の9月は、霜の恐れや厳しい冬を控えての収穫の農繁期であった。
9日、19日、29日の3区分に分け、最後の29日までに農作業を終わらせるよう頑張った。
28日の夜は宵9日と言いお祝いをした。 29日の朝は餅をつき収穫を感謝し神に供えた。
新しくとれた穀物で“おしとげ”を作りこれも神に供え皆でいただいた。
10月10日 地神様
土の神様に感謝祭を行う。地神団子を作り供える。
10月になると、神々は全部出雲に集まるので村に神様がいなくなるが、 地神様だけは残り守ってくださると信じられていた。
11月 1日 山の神祭り
仕事を休み普段とは違うご馳走を食べる。
普段7〜10人位が集まって山に入ったので、 その人達が集い山仕事の安全を願って夕食を一緒に食べた。
11月
14日〜15日
大師講
精進料理やお粥を作り、大師様には山盛りにもりつけ太い箸をそえて供えた。
大師様がきらった時(お出でになる)はお粥(白米の)、お帰りになる日は大根飯を供えた。
12月 1日 川びたり餅
朝早く、ほりっこ(用水)に川びたり餅が流れてくるので早起きをして拾うと良いと言い伝えられていた。 この日はけい餅(鍋の中でついた餅)をつく。
早起きは三文の徳のたとえで、早起きし仕事に精励するように言い聞かせる為と思われる。
12月 8日 おしとげ8日
2月8日と同じで、厄病神に取り憑かれないように願った行事で、おしとげを作って食べた。
12月13日 お松様迎え
正月しめ飾りに使う松を伐ってくる。
ひめこ松の枝20数本と、玄関に松と一緒に取り付ける鬼打ち棒2本も伐ってくる。
迎えた松は正月が来るまで家の南西方に結わえ付ける。 結わえ付ける時オサゴと呼ばれる米を振りかけて拝んだ。 残りの米はご飯を炊く時混ぜて食べた。
男達がお松様を伐りに行っている間 女達はほうき草ですす払いをして正月に備えた。
12月25日 天神講
子供たちが 学業の上がることを願って、天神様に祈った。
子供たちの親睦も兼ね、子供たちにとって楽しい行事だった。

尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋
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