尾瀬檜枝岐温泉・そばの宿・旅館・丸屋/桧枝岐村/尾瀬
尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋 〒967-0525福島県南会津郡檜枝岐村居平638(尾瀬檜枝岐温泉)
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歴史年表

縄文時代
(前1000年頃)
・・・
奥州会津小屋の原村 現在では畑となっている下の原一帯に掘立小屋が十数軒点在する端郷程度の部落で 住民は狩や木の実採取などの生活をしていたと思われる。
下の原遺跡からは縄文土器が発掘され、檜枝岐発祥の地とされる。
延暦13年
(  794)
・・・
紀州牟漏郡星の里(きしゅうむろごおりほしのさと)から藤原金氏の子孫、
藤原金晴(ふじわらかねはる) が来て住みつく。
⇒今の和歌山県
大同2年
(  807)
・・・
8月22日燧ケ岳噴火、翌年止む。
弘仁3年
(  812)
・・・
駒ケ岳の頂に駒形大明神を祭る。
天長9年
(  832)
・・・
燧ケ岳の頂に燧大権現を祭る。
承和11年
(  844)
・・・
越後の国より枝折峠を越え、 藤原常衡(ふじわらつねひら)・大友師門(おおともしもん)・熊谷勘解由(くまがいかげゆ) の三人が来て家を造り村を開く。
治承4年
( 1180)
・・・
高倉宮一向十三人御通行
文治5年
( 1189)
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河原田近江守藤原盛光、伊南郷の領主となり、伊南青柳に久川城を築く。
それより十一代にわたり施政を掌る。
長享年間
( 1180)
・・・
星立庵(せいりゅうあん)建立。
天文年間
(1500年代)
・・・
星土佐 田島より来て住す。
永禄12年
( 1569)
・・・
勢州治田(せいしゅうはった)より 楠助兵衛、橘好正(くすのきすけひょうえ、たちばなよしまさ)
来たり、滝沢に居を構え住す。
⇒今の三重県員弁郡北勢町治田
慶長5年
( 1600)
・・・
初代沼田城主真田信幸の代から本格的に会津街道(沼田街道)が整備される。
元和3年
( 1617)
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戸数30戸
寛永年間
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口留番所 設けらる。
寛永19年
( 1642)
・・・
越後国との境界争いにつき、白峯銀山目安を江戸奉行宛差し出す。
寛永20年
( 1643)
・・・
南山御蔵入の称始まる。
正保3年
( 1646)
・・・
越後国との境界決まる。
万治3年
( 1660)
・・・
この頃まで境内の諸山より最佳な“ハイタカ”産す。
延宝3年
( 1676)
・・・
鎮守神建立
元禄元年
( 1676)
・・・
保科正容 御蔵入の地を返上したので、幕府は田島に陣屋を設け
代官に御蔵入の地を支配させる。
元禄2年
( 1689)
・・・
星立庵焼失。
元禄9年
( 1696)
・・・
疱瘡神縁記成る。
元禄11年
( 1698)
・・・
上州との境界決まる。
享保14年
( 1729)
・・・
六地蔵様建立。
享保20年
( 1735)
・・・
愛宕神社石宮建立。
天明4年
( 1784)
・・・
大凶作、餓死者及び疫病で死失者でる。
文化6年
( 1809)
・・・
新編会津風土記 御役所より御渡被遊。
文化8年
( 1811)
・・・
向村火災三十六戸不残焼失。
文政11年
( 1828)
・・・
御入用小羽板2,687束を納める。
天保7年
( 1836)
・・・
大凶作、粟・ひえ・種もなし、栃・しだ実拾う。
弘化2年
( 1845)
・・・
しめじ茸 初めて採る。
安政2年
( 1855)
・・・
大洪水、60年来の大雪。
安政4年
( 1857)
・・・
下野国古峯神社へ火防御祈祷のため代参、今後5年毎。
慶応4年
( 1868)
・・・
戊辰役上州口守備のため、会津藩士約三百名当村駐在、上州戸倉まで遠征する。
大江湿原で防戦の為に造ったと思われる土塁が現在も残存しているという
明治元年
( 1868)
・・・
九代会津藩主松平容保、若松城開城
明治5年
( 1872)
・・・
星広次 丸屋旅館始める。
明治6年
( 1873)
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大政官布告により、古町小学校檜枝岐分校開設、星善作居宅を校舎とす。
明治22年
( 1889)
・・・
町村制実施され、本村は特に一区域をなし、旧村の通り檜枝岐村と称す。
但し、伊南村及び大川村と組合村にせられ、村役場は伊南村古町に置く。
村長、芳賀四郎、助役、星愛三郎(檜枝岐村)

・・・
平野長蔵氏燧ケ岳開山の為に友人と登頂。

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日本登山界の先駆者小暮理太郎氏もこの年登頂。
明治26年
( 1893)
・・・
全村火災、不残焼失する。(5月29日)
明治27年
( 1894)
・・・
利根水源探検隊通過、雑誌「太陽」に渡辺千吉郎氏の紀行文が載り、尾瀬を広く紹介する。
明治31年
( 1898)
・・・
早田文蔵氏(東大植物学者)植物調査で入山。
明治33年
( 1900)
・・・
8月3日
中村春二氏(後の成蹊学園創立者・初代理事長)、
穂積重遠(後の東京帝国大学教授)、
石黒忠篤氏(後の農林大臣)ら一行6人
丸屋旅館宿泊、 後に尾瀬紀行文『旅ごろも』(大正10年7月30日、成蹊学園出版部)を発表。
明治38年
( 1905)
・・・
植物学者武田久吉氏日光〜金精峠〜戸倉〜尾瀬と植物採取旅行をし、機関紙「山岳」 の創刊号に尾瀬紀行を発表。 現在ミニ尾瀬公園内に武田久吉メモリアルホールとして展示。
明治41年
( 1908)
・・・
平野長蔵 長蔵小屋を建設。
大正6年
( 1917)
・・・
伊南村組合村より分離、檜枝岐村独立村となる。役場庁舎新築。
初代村長、星愛三郎、助役、平野弥重次
大正8年
( 1919)
・・・
片貝、大津岐へ開墾の為移住する者あり。
大正11年
( 1922)
・・・
発電所新設、全村に電灯つく。
昭和9年
( 1934)
・・・
尾瀬、日光を含む一帯がわが国で4番目の国立公園に指定される。
昭和13年
( 1938)
・・・
国立公園特別地域に指定される。
〃 16年
( 1941)
・・・
電話開通す。
〃 21年
・・・
赤岩、小沢開拓30戸入植。
〃 23年
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砂子、駄尾沢開拓19戸入植。
〃 24年
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NHKラジオ歌謡で江間章子作「夏の思い出」が一週間流れる。
〃 25年
・・・
檜枝岐小中学校校舎新築。
〃 27年
・・・
林産所創業。
〃 33年
・・・
電源開発kk奥只見発電所工事着工。
〃 34年
・・・
全村簡易水道敷設完工。
初のテレビ受像。
〃 35年
・・・
県立田島病院檜枝岐診療所開設。
本村水路完成。
〃 36年
・・・
奥只見発電所工事完工
〃  〃
・・・
テレビ共同視聴施設完成。
(共同アンテナを駒ケ岳途中の孫太郎くぼの峯に設置)
〃 37年
・・・
火葬場新設工事完工。
〃 38年
・・・
星立庵納骨堂として改築。
村道七入〜御池線完成。
(御池までバス運行始まる)
〃 39年
・・・
村営国民宿舎尾瀬沼ヒュッテ完工。
村立中学校校舎新築落成。
丸屋旅館 駒の小屋建築。
〃 40年
・・・
自衛隊により県道御池〜尾瀬沼線着工
〃 41年
・・・
公民館新築落成。
〃 42年
・・・
村営国民宿舎御池ロッジ完成。
〃 43年
・・・
大津岐発電所完成。
〃 44年
・・・
合同庁舎竣工。
〃 45年
・・・
御池〜沼山峠道路竣工。
檜枝岐村史発刊。
〃 46年
・・・
村道御池〜赤岩線開通。
〃 47年
・・・
尾瀬沼山峠休憩所竣工。
湯之谷村〜檜枝岐村道路開通。
〃 48年
・・・
尾瀬檜枝岐温泉湧出。
〃 49年
・・・
温泉浴場完成。
国道352号線(今市〜長岡線)決定。
〃 50年
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地域し尿処理施設完成。
温泉全戸配湯完成。
〃 51年
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“檜枝岐の舞台”
国の重要無形民俗文化財に指定。
〃 52年
( 1893)
・・・
村営スキー場にリフト完成。
“檜枝岐音頭” “檜枝岐旅情”の歌発表村内無線広報施設竣工。
〃 53年
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電話自動化(9月6日切り替え)
〃 54年
・・・
檜枝岐分遣所完成。
〃 55年
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温泉公衆浴場完成。
昭和57年台風10号で流失。
〃 59年
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歴史民俗資料館完成。
夏の思い出歌碑完成。
〃 61年
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御池休憩所完成。
村営駒の小屋完成。
〃 62年
・・・
村民体育館完成。
〃 63年
・・・
尾瀬の郷交流センター完成。
平成1年
( 1989)
・・・
燧ケ岳開山百年式典行われる。
尾瀬大納言建立。
〃  2年
・・・
養魚施設完成。
きのこ栽培、そば加工施設完成。
〃  3年
・・・
森の温泉館アルザ尾瀬の郷完成。
〃  4年
・・・
尾瀬サミット開催
(群馬、福島、新潟の3県知事が尾瀬の保護について話し合う)
〃  5年
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第1回真夏の雪祭り開催。
ゴミ焼却施設完成。
〃  6年
・・・
尾瀬国立公園指定60周年クリーン作戦。
燧の湯2号館完成。児童館完成。
〃  7年
・・・
尾瀬保護財団 設立。
第50回国体山岳競技会実施。
医療福祉センター完成
〃  8年
・・・
尾瀬御池ロッジ、ぶなの森ミュージアム完成。
〃  9年
・・・
駒の湯完成。東雲館完成。

尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋
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