尾瀬檜枝岐温泉・そばの宿・旅館・丸屋/桧枝岐村/尾瀬
尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋 〒967-0525福島県南会津郡檜枝岐村居平638(尾瀬檜枝岐温泉)
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交通

  その昔徳川時代は駄馬で生産品・生活必需品を輸送していた。会津・上州間の物資の交換は三平峠下で中継された。 鉄道・自動車の発達につれ交通は都市中心に発達、山間僻地はしだいに輸送機関より置き去りにされ、いずれの方面に出向くのも徒歩であった。

大正6年
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自転車が初めて使われる。(当時は村に2台位だった)
昭和11年頃
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乗用車の乗り入れがある。(地方長官や部長達が乗り入れた)
昭和16年頃
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村の商人がダットサン1台持ち、商品の運搬に使う。
昭和29年7月
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会津乗合(株)により、定期バスが運行される。
昭和34年
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ブルドーザー購入により除雪始める。
それまで冬季間はスキーなどで隣村まで行き、
何日もかかって用を足さなくてはならなかったが、
これにより冬季間も村のジープが走れるようになった。
昭和39年5月
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会津尾瀬号運行。
それまで尾瀬は群馬県からの入山が主だったが、
福島県側からの観光開発を進める為、
鉄道管理局及び交通公社に働きかけ、
上野・仙台・水戸から田島まで初のディーゼル機関車を運行、
会津尾瀬号として田島から檜枝岐を通る、尾瀬までのルートが開けました。
特に仙台―田島間には始めて急行列車が走り、
会津の交通機関は飛躍的大発展をとげました。
昭和41年
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東武鉄道により 鬼怒川〜檜枝岐間を急行バスが運行。
東武浅草線と連結し、さらに首都圏から尾瀬への入山者を増やした。
昭和45年
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御池〜沼山峠間道路竣工
これにより尾瀬沼まで徒歩わずか1時間の距離まで車が入れるようになり、 福島県側からの入山者が増加する。
昭和61年
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会津鬼怒川線開通。
国鉄の財政赤字により工事が凍結されていた野岩線は周辺住民にとって何年にも渡る悲願であったが、
新藤原駅から会津高原駅までを第三セクターによる野岩鉄道として開通。
栃木県(下野国)と福島県(岩代国)とを結ぶ線として野岩線と呼ばれたが、
開通時に会津鬼怒川線と名づけられた。
また会津高原駅から会津田島駅までは会津鉄道と連結、
1990年同区間電化に伴なう直通運転により、浅草から会津若松までが結ばれた。
これにより 周辺にある栃木、奥会津の温泉地に首都圏からの集客が増加する。
檜枝岐においても、浅草から会津高原まで快速で3時間10分、
バスで1時間半、車なら1時間足らずで到着できるようになり、首都圏が近づいた。

尾瀬檜枝岐温泉 そばの宿 丸屋
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