檜枝岐村は標高939m、廻りを2000m級の山々に囲まれ、それらを源とする檜枝岐川の両岸に細長く開けた集落で、 村名の由来はその昔周りの山々で良質な黒檜を産した事からと言われています。
村内から縄文土器が発掘された事から、歴史は縄文時代にさかのぼることが出来ます。
794年紀州牟漏郡星の里から藤原金晴がきて住み着き、その星の里の地名をとって“星(仮称)”としたのが星姓の始まりであるとされ、 その後、1569年勢州治田より楠助兵衛橘好正が来て居を構えたところから橘姓が始まったと言われています。
檜枝岐では昔から星、橘ともうひとつ平野の姓があります。
平野姓は家紋が“揚羽蝶”であること、 檜枝岐の言葉が京なまりに似ていることなどから平家の落人と言われていますが、 源氏の追討から隠れ住む為に確かな記録は何も残さなかったと思われます。
ただ、刀鍛冶 守恒(寛和〜永延年間の刀鍛冶で平影清の大刀“ほくろ丸”の作者である)銘の刀が一刀だけ残っているそうです。そんな古い歴史を重ねてきた檜枝岐村の事を少しずつ紹介していきたいと思います。

尚、この度の資料は“檜枝岐村史”“檜枝岐村耕古録”“秘境檜枝岐”“斉藤弥四郎氏著書”を参考に抜粋させていただきました。
また、行事、暮らしについては、星廣人氏の講演と村の古老から伺ってまとめた物です。